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会津若松市一箕町金堀の沓掛峠にある滝。
落差が約30メートルほどの段流瀑で途中に大きな岩というか石があり、周りに緑がないと特に荒々しさを持つ姿だ。上部と中段と下段に分けるようにそれぞれが大きい岩で区切られたようになっている。名前が付いたのは最近のようです。
猪苗代湖から会津盆地に水を引く、戸の口堰の用水路にもなっています。用水路が決壊して滝になったような感じがする。
また、この滝へ行く道は歴史の道でもあるのです。江戸時代の参勤交代にも使われていた道です。それまでは、東山温泉近くから背炙り山を通って勢至堂に抜けていたのが、1600年代に加藤嘉明藩公が、この金堀を通って強清水(こわしみず)に至る道を作りました。
そして、戸の口原やこの沓掛峠、滝沢峠は戊辰戦争の際の戦場にもなったところです。旧49号国道から当時の道に入っていくわけですが、神社の近くに会津藩士11名の墓があります。新撰組の土方歳三もこの道を通って会津に入りました。
また、滝沢本陣からこの道を白虎隊が戸の口原に出陣していきました。戦いに敗れ、ばらばらになった白虎隊の一部が滝沢不動滝から洞門を通り飯盛山に着いたのです。
滝への道:
写真左:旧49号国道の金堀集落から少し強清水よりにある会津バスのUターン場所。ここから右へ入っていく。すぐに神社があり、このあたりにクルマを置くといい。あとは道なりに歩いて行くとつづら坂になっていてその途中に滝がある。神社から歩いて10分かからない。郡山からクルマで約1時間30分。
2003.12
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